6-5《構造と力》とサグラダ・ファミリアそして東大寺南大門

サグラダ・ファミリア

明けましておめでとうございます。2026年が始まりました。
今回は、筆者が2025年に実際に訪れた二つの建築を通して、書籍『建築を学ぶためのパターン・ランゲージ』に収録された 6-5《構造と力》 というパターンについて考えてみたいと思います。
一つは、2025年8月に訪れたスペイン・バルセロナの サグラダ・ファミリア。もう一つは、同年6月に訪れた奈良の 東大寺南大門 です。時代も文化も構法も異なるこの二つの建築は、共通して「構造そのものが力を語り、私たちに深い感動を与える」という点で、強く心に残りました。どちらも、私にとって「生きているうちに必ず体験すべき建築」の上位に位置づけられる存在です。


サグラダ・ファミリア — 重力を反転させて生まれた構造美

サグラダ・ファミリアの構造を語るうえで欠かせないのが、建築家 アントニ・ガウディ による「フニクラ(逆さ吊り)模型」の実験です。ガウディは、糸と錘を用いた物理模型を天井から吊り下げ、その自然な垂れ下がりの形を上下反転させることで、構造的に最も安定した曲線を導き出しました。これは後に「カテナリー曲線」と呼ばれるもので、重力による力の流れが無理なく通る、極めて合理的な形です。
コンピュータ解析が存在しなかった時代に、ガウディは重力という自然の法則を「目で見て理解する」ことで、構造と造形を一体化させました。植物の幹や枝、骨格や地形など、自然界の構造原理から学び、「美しい形は構造的に安定している」という確信をもとに、空間を組み立てていったのです。
内部空間に立ったとき、柱がまるで森のように枝分かれしながら天井を支えている光景は、装飾を超えて、力の流れそのものが可視化されているように感じられました。サグラダ・ファミリアは、まさに《構造と力》を身体で理解させてくれる建築です。
(写真:筆者撮影)


東大寺南大門 ― 応力がそのまま立ち上がる建築

一方、東大寺南大門は、日本の木造建築における《構造と力》の極点とも言える存在です。
高さ約25メートルを誇るこの山門は、鎌倉時代に 重源 によって再建され、中国由来の「大仏様(天竺様)」と呼ばれる構法が採用されています。
18本の巨大な円柱が屋根を支える姿は圧倒的で、近づくほどに、木材一本一本が担っている役割と力の大きさが伝わってきます。ここでは、装飾と構造の区別がほとんどありません。見えている部材のすべてが、必要だからそこにある──その潔さが、建築全体に強烈な緊張感と生命感を与えています。
建築家 磯崎新 は、学生時代にこの東大寺南大門を見て深い衝撃を受け、日本で最も重要な建築の一つと位置づけました。彼は、伊勢神宮や桂離宮とは異なる、東大寺南大門特有の「構築的な力」に注目しています。(写真:筆者撮影)
磯崎は、以下のように東大寺南大門について語っています。

伊勢神宮の素材のみせる重量感、桂離宮の非構造材の組み合わせが見せる無重力感、いずれも線的な構成であることにおいて共通している。だが東大寺南大門の構成はちがっている。ここに見える部材は、装飾的にみえる挿肘木をぶいずれも必要限度ぎりぎりの太さをもった構造部材である。同じように構成的であるが、余計な要素がまったくない。地上に立つ構成体の内部をはしっている応力がそのまま可視化されているというべきか。 重力に抗して立ち上がっている。構築的な構成と呼んでいいだろう。私が東大寺南大門に魅せられたのは、このような構築の姿といえるだろう。(中略)東大寺南大門は素朴で単純に構築的である。必要な寸法の部材だけで構成されている。だが、力がみなぎっている。
[磯崎新『建築における「日本的なもの」』新潮社、2003年、pp.250-252]


南大門に立ったとき、私は「建築とは、ここまで正直に力を表現できるものなのか」と強く感じました。それは歴史的価値を超えて、建築の根源的な姿を突きつけてくる体験でした。


《構造と力》は、時代と文化を超える

ガウディの石造建築と、重源の木造建築。素材も技術も背景も異なりますが、どちらも《構造と力》を通して、建築が持つ本質的な魅力を私たちに教えてくれます。構造は隠すものではなく、力は恐れるものではない。それらを正面から受け止め、形にしたとき、建築は人の心を揺さぶる存在になる──この二つの建築は、そのことを静かに、しかし雄弁に語っていました。

(やま)

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です