7-8《水をいかす》と桂離宮、銀閣寺

先日、京都を訪れました。今回の旅の目的のひとつは、桂離宮銀閣寺をあらためて体験することでした。
桂離宮は、ドイツの建築家 ブルーノ・タウトが「涙があふれるほどの美」と讃えたことで広く知られています。書院造に数寄屋の軽やかさを取り入れた建築群と、回遊式庭園とが一体となった、日本建築の到達点のひとつです。
そして私は、桂離宮こそが、パターン7-8《水をいかす》を端的に体現する建築であると感じました。

水をいかすという思想― 桂離宮

古来、建築にとって「水」は単なる景観要素ではありませんでした。
中国の古典に見られる「気は風に乗じて散じ、水に界られて止まる」という思想に由来する風水では、風と水の働きを通して環境を整えることが説かれます。良い気を風が運び、水がとどめる――水は、場のエネルギーを集約する存在でもあるのです。
桂離宮の庭園は、雁行する書院群の前面に広がる池泉を中心に構成されています。神仙島をはじめとする三つの大きな島と小島が点在し、松琴亭、賞花亭、月波楼といった茶亭が水辺に巧みに配置されています。
歩を進めるごとに視界が開き、あるいは閉じ、水面の見え方が変わる。その視線の操作こそが、この庭園の核心です。
とりわけ月見台から眺める月は、水面に映り込み、建築と庭園をひとつの詩的空間へと昇華させます。桂離宮は、水を楽しむ建築であり、水に映る月を楽しむ建築なのです。


水を模す砂 ― 銀閣寺

一方、桂離宮よりおよそ一世紀前に造営された銀閣寺(慈照寺)にも、「水」をめぐる高度な空間操作が見られます。
庭園には、浄土庭園の系譜を受け継ぐ池泉、そして枯山水へと展開していく意匠が重層的に存在します。なかでも象徴的なのが、白川砂を波状に整えた銀沙灘(ぎんしゃだん)と、円錐形の巨大な砂盛りである向月台(こうげつだい)です。
銀沙灘は、水面の波を思わせる造形によって、光をやわらかく反射させる場をつくります。向月台は東山に昇る月を待つための「月見台」ともいわれ、月光を受け止めるための装置として理解することができます。
ここでは実際の水ではなく、「水を模した砂」によって、光と月を操作しています。
つまり、物質としての水がなくとも、水のイメージを空間に立ち上げているのです。


月と水のあいだに佇む建築

桂離宮と銀閣寺。
素材も時代も異なりますが、両者に共通するのは、(あるいは水を象徴する砂)のあいだに建築を置くという、日本的な空間感覚です。
水に月を映し、その揺らぎを愛でる。
そこに宿るのは、自然を征服するのではなく、自然と共に在ろうとする精神性でしょう。パターン7-8《水をいかす》とは、水を単なる装飾や機能として扱うのではなく、空間の意味と時間を深める媒体として用いることだと言えます。
桂離宮も銀閣寺も、そのことを静かに教えてくれる建築でした。

(やま)

桂離宮
銀閣寺

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